「愛を眠らせない」マルコ13章21~37節

気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつなのか、あなたがたには分からないからである。     

 

マルコ福音書13章33節

 

今日からアドベント、クリスマスを待ち望む期間です。1年はあっという間。やり残したことはなんですか?やろうと思ってから手を動かすまで、時間のかかる私たちです。神様はそれをどんなまなざしで見ておられるでしょうか?私たちはなすべきことがたくさんあります。それを終わらせたいのです。今日は聖書から終わることについて、最後の時、終末の時について考えたいと思います。

キリスト教では長年、終末思想は注目されませんでした。しかし世界大戦が起き、人類を何度も絶滅させる核兵器が生まれました。人間はその時、ようやく終わってほしいものに気付きました。いつしか人々は世界のゆがみの終わりを期待するようになりました。キリスト教の終末思想が再び見直されるようになりました。

34節には「家を後に旅に出る人が、僕たちに仕事を割り当て、責任を持たせる」とあります。主人は僕たちに仕事と責任を割り当てたのです。僕たちはいつか主人が返ってくるその終末の日まで、命と財産を主人からゆだねられました。僕たちがいつ主人が帰って来るか、前兆は何かを騒いでも無駄です。僕たちは役割を終えるために自分たちがなすべき事は何かを考えました。そして慌てずに、自分に託された務めを、丁寧に果たしました。役割を果たすことは、未来を考えるということにつながります。僕たちは未来を見ながら、今すべきことに取り組んだのです。

私たちのクリスマス・アドベントは2000年前の過去の出来事を祝うためだけにあるのではありません。私たちは過去を振り返りながら、未来へと歩むのです。私たちは未来を見て、生きます。私たちは終末の希望を見て生きるのです。そして私たちはそれまで委ねられた役割を精一杯生きるのです。

主人が僕たちに与えた役割、神様が私たちに与えた役割とは何だと思いますか?それは隣人を愛することです。私たちはすぐに隣人を愛せなくなってしまう存在です。まるで眠さに負けて、眠ってしまう人ように、私たちは気づくと人を愛することを忘れてしまいます。

36節「目を覚ましていなさい」。大事なのは私たちがその愛を眠らせないことです。私たちは愛を眠らせず、愛を目覚めさせ、愛をもう一度立ち上がらせましょう。例えば愛は、誰かの痛みに共感すること、人を励まし勇気づけること。愛は誰かの側にそっと寄り添う事です。私たちは1日1日を大切に生きましょう。今週出会う誰かを精一杯愛して生きましょう。それが神様が私たちに与えた役割です。

私たちは今、何を終わらせるべきでしょうか?私たちは愛の無いことを止められることができるでしょうか?私たちは今、何をすべきでしょうか?私たちはどのように他者を愛することができるでしょうか?僕たちはまだ待ち続けています。役割を果たそうとしながら、祈りながら、他者を愛しながら、主人を待っています。私たちも僕としてこの先に、きっと希望の終末があると信じて、歩み続けましょう。