「この民は口先ではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。」
マルコによる福音書7章6節
クリスマスが少しずつ近づいてきました。みなさんはクリスマスにショートケーキを食べますか?クリスマスにショートケーキを食べるという習慣があるのは日本だけだそうです。サンタクロースと色が似ている、紅白でお祝いにふさわしいということから、日本ではクリスマスの定番となったそうです。気づけば私たちは、日本独特のクリスマスを過ごしています。
形が変わる時というのは、本当に大切にしているものは何かを問われる時でもあります。クリスチャンにとって、騒がしさの中でも、イエスが自分の胸の中にいることを静かに感じることを大切にする日です。私たちは文化を否定するのではなく、今生きるこの日本の文化の中から、少しでもイエス・キリストが伝わることを願っています。実は聖書にも、文化や習慣にずれが生じた時のことが書いてあります。2000年前の人も悩んでいました。そんな時イエスはどう語ったのでしょうか。
ある時イエスたちのもとにエルサレムから律法学者が来て言いました。「食事の前に手を洗わないのはおかしい」。衛生とは関係なく、エルサレムの律法学者は自分が考えだした習慣を人々に押し付けました。律法学者が本当に伝えたかったことは何だったのでしょうか?神様の愛?それとも自分たちの正しさ?自分たちの優秀さ?
イエスは6節で旧約聖書イザヤ書を引用してこう言います。「この民は口先では《神》を敬うが、その心は《神》から遠く離れている」イエスは相手の習慣を無視して、自分たちの習慣を押し付けようとした人に、その心は神様から遠く離れていると指摘しました。イエスは互いを尊重し合う事こそが心が神様に近くなる事だと語ったのです。
この聖書の個所から私たちはどのようにクリスマスを迎える準備をしたらよいでしょうか?私たちは時々エルサレムから来た律法学者になってないでしょうか?私たちは今ある習慣と、その本当の意味の両方を大切にしたいのです。今あるこの習慣を大切にしながら、その先にいる神様に、心を合わせてゆきたいのです。今の目の前にいる人と、その先にいる神様、その両方を尊重する時、神様に心が近くなるのではないでしょうか?
私たちは日本の文化に囲まれながら、ショートケーキと共にクリスマスを迎えます。私たちはそれを否定せずに、その中でどうクリスマスの喜びを他者と分かち合うことができるでしょうか?クリスチャンである私たちこそ、そのような神様と人と両方を大切にする、本当のクリスマスを迎えることができるでしょうか?
私たちはこの後、主の晩餐を頂きます。ショートケーキではありませんが、パンとブドウジュースを頂きます。私たちの主の晩餐はすべての人と共に持たれます。神様の存在を感じながら、互いの存在を感じながら、このパンと杯をいただきましょう。お祈りします。
