「キリスト教入門」ヨハネによる福音書10章7~18節

わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊をも導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして、羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れになる。          ヨハネによる福音書10章16節

 

4月5月とキリスト教入門というテーマで宣教をします。私たちはみんな、何かの「囲い」の中で生きています。そして私たちはそこで誰かからの期待、評判などの「声」を聞きながら生きています。それは私たちを縛ることがあります。

囲いから出るのは自由ですが、囲いから出れば人は孤独を感じます。私たちには「自由な囲い」と「自由にさせる声」が必要ではないでしょうか?大切なのは、囲いではなく、そこに響く声です。聖書はどんな声を私たちに何を示しているでしょう?

今日お読みした箇所は、私たちがどうすれば人生を豊かに生きることができるかということを問いかけています。イエスはこう言ったのです。「私は羊の門である」「羊は私の声を知っている」これが今日の中心メッセージです。イエスは門から入っておいでと語っています。それは全ての羊に開かれている門です。

イエスの門からその囲いに入るとはどんなことでしょうか?それはイエスの声に耳を傾けて生きるということです。入門した羊たちができることは羊飼いの言葉を聞き分けることです。私たちには周囲から様々な声が聞こえます。でも羊たちがイエスに従おうとする時、その様々な声の中から、イエスの声を聞きわけることができるようになるのです。そして教会は、ただの囲いではありません。教会は、その声を一人でなく、一緒に聞く羊の群れです。私たちはイエスの声によって一つの群れになっています。ここに集う一人一人が、それぞれに幸せな生き方ができる様に、もっと声が聞こえる様に、私たちは群れで聞いています。

10節でイエス自身がそのことをもっとはっきり語っています。「私が来たのは羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるため」とあります。イエスの目的ははっきりしています。イエスが来た目的は私たちがもう一度命を受けとりなおすためです。そしてその命をもっと豊かにしてゆくためです。私たちが幸せになるために、イエスの声が、あなたの命を導こうとしているのです。

さて、私たちの人生に目を向けましょう。私たちがどう生きるかは、私たちが何を聞いて生きるかにかかっているのではないでしょうか?私たちは何を聞いて生きているでしょうか?イエスに入門した者は、イエスの声に聴き従うと決心した人です。

今日、みなさんにもイエスの声が聞こえたでしょう。「私は命を豊かにするために来た」その声はあなたをもっと自由にします。その声はあなたをもっとあなたらしくさせる方へと導いています。あなたにはきっともっとその声が聞こえるはずです。

あなたには、聞こえていますか?あなたに門は開かれています。これから私たちと一緒に、その声を聞きませんか?きっとその声があなたの人生の光になるはずです。お祈りします。