「目の前の人を大切にすることから始める」ヨハネによる福音書13章31~35節

 

あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。 ヨハネ福音書13章34節

 

「互いに愛し合いましょう」「愛している」なんて照れくさい言葉です。聖書の愛とはもともと、ギリシャ語でアガペーという言葉です。この言葉は「大切にする」と翻訳できる言葉です。これは「互いに愛し合いなさい」ではなく「互いに大切にしあいなさい」という教えでもあります。

もしかすると、愛することはできなくても、大切にすることならできるかもしれません。人生で出会うたくさんの人の中には、どうしても好きになることができない人がいます。でも「大切にする」ことが大事なのだとしたら、無理に好きにならなくていいのです。それなら可能ではありませんか?今、目の前にいる人を大切にするとは、小さなことから始まります。たとえば気持ちよく挨拶することや、笑顔でほほ笑むこと。愛は大きなことでなくていいのです。

イエスはこの教えを自分の元に集まっているごく少人数の弟子たちに向けて教えました。まず目の前にいる少数の弟子の間で、互いを大切にすることから始めようと教えました。それはとても小さい範囲の愛です。教会の中だとしたら、となりに座っている人を、まず大切にしようという呼びかけです。イエスはこのようにまずそばに、目の前にいる人に目を注ぎ、小さい範囲の人を大切にするように教えました。そしてイエスはそこから愛が広がると語っています。「あなたがたが大切にし合う姿から、それによってイエスの弟子だとわかる」と。一つの愛で急に世界が変わるわけではありません。あなたとあなたが互いに愛しあうことから弟子が増える、そこから少しずつ大きな愛が始まるのです。

実はイエスの「互いに大切にし合いなさい」という掟を守るのは難しい事でした。イエスが逮捕された時、互いに大切にしあうように教えを受けた弟子たちは、イエスも仲間も見捨てて一目散に逃げ出しました。互いにバラバラになって、散り散りになって逃げてゆきました。聖書はこのように目の前にいる人を大切にすることは、難しいことだと語っています。それでもイエスは、世界は変わると言っています。

私たちは互いを大切にしているサインを出しあいましょう。いきなり大好きにならなくてもいいです。苦手のままでもいいのです。でも大切にすることはできるはずです。嫌いな人に対しても痛みをいたわる気持ちは持てるはずです。

今日初めて聖書の話を聞いた方へ。私たちはこんな風に、あなたと隣に座る人が大切に思い合う、そこから世界が変わってゆくと信じています。ぜひあなたもその仲間の一人に加わって欲しいと思っています。

聖書によればイエスは「私が愛したように、互いに愛し合いなさい」と語ります。イエスがまず先に、あなたを大切に思っています。その思いを胸に目の前の人を大切にすることから始めませんか?お祈りします。