サンタの贈り物

 今まで何度もサンタさんになったことがある。恥ずかしがり屋の私が喜んでできたのは、正体が分からないという前提があったからだ。少しものの分かった小学生が「あのサンタは誰々だよ」と言って正体を暴こうとしても、私はサンタ役をやり通すことに喜びを感じたものだ。

  別室で扮装し、合図で子どもたちのいる部屋へ向かう。「ホーッ、ホーッ、ホー」(トナカイを御するためのかけ声)と叫び、そして「よい子の皆さ~ん」と言って、子どもたち一人ひとりにプレゼントを渡していく。照れる顔、興奮した顔、喜びにあふれた顔、顔。口々に「ありがとう」と言うお礼の言葉を聞きながら、何ともいえないすがすがしい喜びに満たされたのである。その喜びは正体のばれない、匿名で贈る喜び、すなわち「お返しのできないプレゼント」を贈る喜びであった。

  一方、私たちの贈り物には、残念だがいつも小さな打算が忍び込んでいる。「お世話になりました」と贈るお歳暮も、「結婚してください」と渡す指輪も、「いい子にしていたら」と条件付きのクリスマスプレゼントも、実は「もっと愛して」「もっと言うことを聞いて」という本音の隠された、いわばある種の取引を含んでいる。取引と言わないまでも、人間関係をよくしたいという潤滑油の役割は期待しているだろう。

  サンタ・クロースのモデルになったのは、貧しい子どもたちの家へ匿名で金品を投げ込み続けた司教、聖ニコラウスである。この逸話がやがてクリスマスのシンボルとなっていったのは、ある意味で必然のことだ。

  クリスマスとは、神が人間に無償かつ無条件で一方的に贈り物をした記念日だからだ。神は無償かつ無条件で何の見返りも求めず、この世界に救い主(メシア=キリスト)という贈り物を下さったのである。それはすべての人に贈られる。

  今年のクリスマス、自分ができる「お返しのできないプレゼント」は何かを考えて、誰かのために、そっとサンタになってみませんか。「受けるよりは与える方が幸いである」