久山療育園創立40周年

 神奈川に住んでいると福岡は遠い。かつて福岡県久山町に心身障害児(者)施設「久山療育園」が開園したと聞いても、どんな所にどんな建物でどのような方が入所しているのか、イメージが浮かんでこなくて、存在が遠く感じられた。

  しかし「百聞は一見にしかず」。その後、西南の神学部に入学し、久山療育園にも何度か訪問するうちに身近な存在となった。その久山療育園が創立40周年を迎えられた。創立者である川野直人先生(元牧師、現在名誉理事長)が広報誌『愛の手を』(第184号)で創立当時のことを書いておられる。

  「創立理念の原点として、『重症心身障害児者を施設に収容して守るのではなく、地域の中心に位置づける為の働きとして我々は重症心身障害児(者)施設久山療育園を設立する』という言葉でこの働きは始まったのでした」。今では障害児者も地域の中に住み、生活できるようにという考えが一般的であるが、当時は画期的な試みであった。

  しかし、当初は「土地もなく、金もない、コネも財産もない、無い無いづくしの中での出発でした。しかし重症児者の生きる社会の冷たさと差別の厳しさに、新しい福祉社会の実現の幻が、私たちの事業への唯一の祈りとエネルギーでした」と回想しておられる。何事も「理念」と「幻」こそが祈りとエネルギーの原点と思わされた。

  ではどのように実現されたのか。それは思いもかけぬ出会いの連続の中で、土地もお金も与えられたのでした。川野先生をはじめとする設立に奔走する方々の理念と熱意が出会いを生んだのだ。用地探しの最中に全くの他人であった久山町のK氏との出会い。K氏を通して久山町長との出会い。土地取得に至る。ある牧師を通してA氏との出会い。A氏による5千万円の銀行担保の提供。厚生省(当時)を通しての援助と合わせて資金調達ができた。

  「理念」と「幻」と「熱意」と「出会い」がポイントと教えられた。「子どもプロジェクト」も同じ。理念と幻を掲げ、熱意をもって出会いを求めて出て行きましょう。