「私たちを派遣する神」マタイによる福音書10章16節~25節

わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ。だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい。マタイ10章16節

 

礼拝というテーマで宣教をしています。神様は礼拝から私たちを派遣されるお方です。私たちは礼拝の招きと派遣の循環の中で生きています。神様は今日、それぞれの場所で、神様を愛し、隣人を愛するように私たちを派遣されます。

この1週間はどんな1週間になるでしょうか。こどもたちにとっては新しい学期が始まる緊張の1週間です。神様はみんなにいってらっしゃいと言っています。そして一緒にいるよと言っています。だからきっと大丈夫です。でももししんどかったら教会に逃げてきてもいいです。大人にとってもうれしい事ばかりの1週間ではないでしょう。しなければならないことがたくさんあるでしょう。でも私たちは神様が背中を押して行ってらっしゃいと言ってくれるから、神様から派遣されているから歩むことができます。そしてまた来週の日曜日の礼拝に集いましょう。

今日の箇所、イエス様は12人の弟子たちを派遣します。しかし、派遣される先はかなりしんどい状況です。こんな場所には絶対派遣されたくありません。しかしイエス様は厳しい現実をどのように生きてゆけばよいかを教えて下さるお方です。イエス様は派遣された場所で、証しをするように勧めます。証をするということは喜びの中だけではなく、苦しみや悲しみ、痛みの中で、神様を周囲へと表してゆくことです。態度と言葉で神様の愛を表現することです。苦しいときこそ、傷付けあうのではなく、愛し合うということを選びます。それが愛の神を証しするということです。

もちろん、弟子たちは無理と思うこともあるでしょう。神様は絶対に持ち場を離れるなとは言いません。だめなら次の町へ逃げるように言われます。逃げて逃げて逃げて、逃げ場所が無くなる前に、イエス様は来てくださいます。そして弟子たちの目指すのはイエス様を超えることではありません。「ようになれば十分」なのです。弟子は弟子のままでいいのです。弟子は弟子として、イエス様を真似する、できるだけイエス様に近づいてゆくのです。

このようにイエス様によって弟子たちは派遣されます。苦しみの中に派遣されます。そこで証しをするように、愛し仕えるように派遣されます。どうしてもだめなら逃げてもいいと派遣されます。そしてできるだけイエス様の真似をして生きてごらんそうやって、12人の弟子たちは派遣されていったのです。

私たちの1週間もこのようにはじまり、派遣されます。今日この礼拝から派遣され1週間が始まります。皆さんは神様からそれぞれの場所に派遣されてゆきます。それぞれが派遣された場所で苦しくとも、神に仕え、隣人に仕えましょう。神様を愛し、隣人を愛しましょう。そしてダメな時は逃げましょう。できる限りイエス様を真似して、生きてみましょう。私たちは今日もそのような1週間に派遣されます。そしてまた来週集い、神様から力をいただきましょう。礼拝はすべての人を招かれています。そして礼拝から派遣されます。神様のみ言葉を胸に、今週も歩みましょう。