「地域の良さを引き出す教会」マタイによる福音書5章13~16節

あなたがたは地の塩である。マタイ5章13節

 

6月は地域と教会のつながりについて考えています。昨年度は私たちのこども食堂に40名以上の方からボランティアへの応募がありました。ボランティアはとても勇気のいることです。多くの方は「ずっとやってみたかったけれど、今まで勇気がでなくて」と言います。その気持ちを聞いて「もし教会のボランティアが無かったら、この方たちの『何かをしたい』と思う気持ちはどうなってしまったのだろう?」と想像します。きっと私たちの教会が、地域に向けてボランティアを募集するということは、地域の中に眠っていた、小さな勇気や思いやりを引き出すことにつながっています。教会という存在は、「誰かのために何かをしたい」という気持ちに、火を灯してゆく場所です。

また実際のボランティアの現場も、それぞれの持つ良さを引き出すことができる場所になっています。今日は聖書を通して「人の中にある良さを引き出す」ということを、一緒に考えたいと思います。

塩は質素な食事でも必ず使われた調味料です。塩の一番の役割は、食材そのもの味を引き出すという役割です。塩を振りかけると、それぞれの食材が本来持っている味を引き出すことができるのです。塩は保存料にも使われます。でも塩だけを食べてもおいしくないという一面もあります。それが塩です。

13節「あなた方は塩である」とはあなたがたは相手の良さを引き出すものだという意味です。しかもそれは、地の塩です。イエスは私たちに、地域の中にある良いものを引き出すものになりなさいと語られました。ひとつまみでいいのです。塩は、誰かと一緒になるとき、相手に大きな力を発揮させるのです。

13節の後半には、役にも立たないと言われ、外に投げ出され、人々に踏みつけにされるという言葉があります。これはただのたとえではなく、古代では実際にそのような人がたくさんいたのでしょう。そして現代にもそのような人がいるでしょう。イエスは弟子たちにきっとこんな思いをもって言葉をかけたでしょう。「地域には、自分は役に立たないと思っている人、居場所のない人がたくさんいる。あなたがたはその人たちの良さを引き出すものとなりなさい。あなた方は地の塩となりなさい」

私たちが行う地の塩、世の光の活動は直接キリスト教を伝えているわけではありません。しかし周囲にはしっかりとキリストのすばらしさが伝わっているでしょう。教会は地域の中にあるたくさんの「可能性」や「思いやり」を引き出しています。そして輝く笑顔を引き出しています。私たちの教会はそのようにして、地の塩になり、世の光となるるのです。

イエスはあなたが塩になって、他の人々を大いに輝かせなさいと言っています。私たちはこれからもこの活動を続けてゆきましょう。そしてそれぞれの場所で地の塩となってゆきましょう。お祈りします。