聖書の「章」「節」はいつ、誰がつけた?


今回は、聖書に関するエピソードを紹介しよう。聖書には必ず区切りの「章」「節」の数字がついている。これは各言語で訳された聖書において世界共通となっている。これによって聖書研究における特定箇所の指定が確実なものになり、ずいぶんと便利になり、また混乱や誤解もなくなった。

この区切りの数字は最初から付いていたのではない。これは、ステファヌス(1503-1559)が出版したギリシア語新約聖書において初めて採用された。彼は宗教改革から間もない1546年にギリシア語新約聖書を出版したが、その第4版(1551年)で、ギリシア語本文をページの中央に、その左右にラテン語訳(ウルガタ訳とエラスムス訳)を配置して、3欄立ての聖書とした。

ステファヌスはパリからリヨンへ馬に乗って旅をする途中で、ギリシア語本文に「節」の区切りの数字を書き込んだ、と言われている。そのため馬上でペンがずれたのか、「節」の区分が内容的に不適切、不均衡になされているところがある、と言われる。たとえば最も短い「節」はヨハネ福音書11章35節であるが、ギリシア語でわずか3語しかない。「イエスは涙を流された」(新共同訳)。

逆に最も長い節はどこでしょうか。それはそのすぐ近くのヨハネ福音書11章31節で、ギリシア語で32語もあり、あまりにバランスを失している。しかし今となっては変更できない。

ところで日本語聖書ではギリシア語と文法構造が異なるため、翻訳において「節」の数字を原文どおりに順にたどることが難しい箇所もある。そこでたとえばローマ書2章19-20節では2節分をまとめて訳さざるを得ない場合もある。

なお本文中の「節」が欠落している箇所も見受けられる。ルカ福音書17章36節などだが、これらは新共同訳では各書の末尾に訳文が記載されている。これらの箇所では、一旦はギリシア語本文に「節」の数字を書き込んだものの、その後聖書原典研究が進んで、その本文を支持する聖書写本が乏しく、信頼すべき文ではない、と後に判断されるようになった箇所である。

*『聖書ギリシア語おもしろ講座』橋本滋男著、日本基督教団出版局、2005年より引用