「光の中を歩むために」 ヨハネの手紙一1章5-10節

ヨハネの手紙が書かれた時代はまだキリスト教の歴史も浅く、指導者の数も限られていた。各地に礼拝を共にする集会があったが、その一つ一つに指導者はいなかった。指導者は集会を巡回して回り、時にはヨハネのように手紙という手段を用いて指導する場合もあった。このような状況の中で、指導者不在の集会に異端的思想を持った人が入り込んできた。彼らは教会の人々にヨハネをはじめとする指導者たちから教えられたことと違う教えを語った。ある者はその教えを拒否したが、ある者はその教えに魅力を感じ、ヨハネから伝えられたことを捨ててしまった。そのため、教会の中に深刻な対立が生じ、この対立は教会を分裂させ、ある者たちは福音を捨てて教会から飛び出していった。

 それでは、教会に分裂をもたらした異端的思想とはどういうものなのか。それはいわゆるグノーシス主義と言われるもので、ギリシア哲学に影響を受けた二元論に立つ思想である。人間を霊と肉に分け、それを対立的に考える。すなわち霊は真理であるが、肉は偽りと考えるのである。従って、神が偽りである「肉」をとってイエスとなったということ(受肉)を否定するのである。そこで、ヨハネは「初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て手でさわったもの、すなわち、いのちの言葉について」(1:1)と記している。この言葉は、神の子イエスが肉体を持った人となり、世に来られたことを表している。分裂をもたらした人々は、この事実を否定していた。このようにキリストが人として生きられたことを否定する思想を持った熱狂主義的な巡回指導者やそれに影響された人々が、教会を惑わせていたのだ。

 そこで、ヨハネは、罪の自覚の重要性を示す。「もし、罪がないと言うなら、それは自分を欺くこと」と記す(1:8)。一方、教会に分裂をもたらした異端者たちは「私たちには罪がない」言っていた。グノーシス主義者にとって肉は偽りである。だから肉体が犯した罪は実態のない偽りであり、責任は問われないというのだ。これは人間の現実を無視している。私たちも、罪というマイナスの評価を受け入れたくないために、現実から逃げようとすることがある。

 私たちにとって大切なことは、神の光の中を歩むことだ。それは、罪人という人間の現実と向かい合うことを意味する。この現実を受け入れたところにこそ真の救いがあるのである。私たちにとって大切なことは、神の光の中を歩むことだ。しかし、異端者たちは神の光の中を歩むことではなく、自分自身が光り輝くことを願った。そして自らの正しさを示すために、他者を見下したのである。

 ヨハネ文書には「光と闇」というように二つの対立する場を示す特徴がある。例えば、ヨハネ福音書の1章5節には「光は闇の中に輝いている。そして、闇はこれに勝たなかった」とある。ヨハネの第一の手紙の著者であるヨハネも、神と交わりを持つ者は光の中を歩み、神に反する者は闇の中を歩む(5~6節)と「光と闇」という対立する場を示す。そして、光の中を歩む者は「互いに交わりを持ち」「御子イエスの血が、すべての罪から私たちを清めるのである」(7節)と書く。つまり、光の中を歩むというのは罪の赦しの中に生きていることなのだ。

 聖書の言葉、神の光は私たちの罪を指摘する。しかし、その光は罪をあぶりだすことにとどまらない。自分の罪を受け入れた人に、その罪を赦す神の愛を示す。ヨハネ福音書3章16節に「神はそのひとり子を賜ったほどに、この世を愛してくださった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」とある。もし自分には罪がないと言い張るなら、この愛の尊さと、永遠の命の価値を知ることはできないだろう。そしてそれは福音を拒むことなのだ。

 ヨハネ福音書8章の「姦淫の場でとらえられた女」の記事で、イエスは女に「私もあなたを罪に定めない」と言われた。イエスがこのように言われたのは女に罪を認めないというのではない。そうではなく、「あなたの罪は私が負う」という福音の宣言ではないだろうか。

 自分自身を受け入れるというのは、自分を良い者とするのではない。内なる罪、欠けを事実として認めることこそ自己を受容することである。ここに罪の告白の必要があるのだ。ヨハネは「もし、私たちが自分の罪を告白するならば、神は真実で正しい方であるから、その罪を赦し、すべての不義から私たちを清めてくださる」(9節)という。イエスの十字架と復活はこの「赦し」と「清め」なのだ。

 私たちは自分の罪と向かい合うとき、イエスの十字架の血による贖いを自分自身のこととして受け止めることができる。神の光の中を歩むというのは、神の愛の中を歩むということ、福音に生かされているということなのである。

平塚バプテスト教会

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