出会いに感謝

人生は出会いである、とよく言われるが、平塚に来て多くの新しい出会いがあり、楽しい思い出と生活に豊かさが与えられ感謝でいっぱいである。平塚教会の皆さんやご家族をはじめ、連合の牧師や信徒の方々。地域の他教派の牧師や信徒の方々。あの人この人と走馬灯のように顔が浮かぶ。すでに天に召された方々もおられる。

 教会だけではない。地域活動を通じて知り合った仲間や関係者。教会の中だけでは出会うこともないような方々の出会いが多く与えられた。出会いだけで終わらず、その出会いを通していろいろな経験や知見を得ることができた。出会いがまた次の出会いを生むこともしばしばだった。

 向こう三軒両隣というが、近所づきあいは大事。ご近所の方々とも親しくさせていただいた。バザーのためにいろいろ献品してくださる方。掲示板が風で吹き飛んでいるよと教えてくださった方。つい最近も教育館の二階のひさしが風ではがれていると教えてもらった。感謝。

 茶道の世界で「一期一会」というが、生涯に一回しかないと心得て、主客ともに誠意を尽くして、出会いを大切にすることのたとえで使われる。また、「袖触れ合うも多生の縁」ということわざもある。人との縁はすべて単なる偶然ではなく、深い因縁によって起こるものだから、どんな出会いも大切にしなければならないという教えである。この精神は、伝道の心得ともなろう。出会わせてくださったのは神。その出会いを大切に誠意をもってお付き合いをする。それが証しとなり、伝道の端緒となるだろう。

 出会いがあれば別れもある。この地上での最後の別れは「死」によって来るが、それはまた新しい出会いの始まりである。私たちキリスト者にとっては神の国における出会いであるが、それがどんな出会いであるか楽しみにとっておくことにして、まだまだこの地上での新しい出会いが待っていることだろう。ひとまず皆さんとお別れ。出会いに感謝して。