「教会はパンを裂く」使徒言行録2章37節ー47節

先日、家族の誕生日パーティーでホールケーキ🎂を買って食べました。ケーキを切り分けるのはいつも私が担当しています。なかなか上手に切れないものです。きれいに分けられなかったケーキを見て、大きいケーキを買ってくるよりも、一つずつに分かれているケーキ、いろいろな味のものを買ってきて、みんなが自分の好きなケーキを食べる方が、いいのではないかと考えました。でもやはりパーティーでは、あの丸い、ホールケーキが買いたくなります。やっぱり大きいケーキをみんなで取り分けるというのが、お祝いにふさわしく、楽しいと感じるのです。
パーティーでホールケーキを食べる意味は、二つあると思います。ひとつはお祝いにするという意味です。バラバラではお祝いになりません。そしてもうひとつの意味は“ホール(すべて)”ケーキを“全員(すべて)”で切り分けて食べること、そこでパーティーの参加者に一体感が生まれるという意味です。そこには主役との関係と、参加者との関係が二つの意味があります。
聖書でパンを裂くと言う場合、それはまず「主の晩餐」を意味します。しかしそれは私たちの小さなパンと小さな杯ではありません。最初期の教会の「主の晩餐」とは食事そのものでした。つまりお腹いっぱいになる、食事をしたのです。今でいうなら、愛餐会、持ち寄りパーティーです。
私たちの主の晩餐にはイエス様との食事を思い出すという意味があります。その食事の中心におられる主役はイエス様です。私たちはイエス様が私たちに教えて下さった事を思い出しながら、それを食べます。イエス様と自分のつながり、縦の関係を思い起こすのです。
そして「主の晩餐」は隣人と共にあることを思い出すという意味も持ちます。イエス様との食事はいつも隣人との関係を考えさせるものであったからです。だから主の晩餐の度、隣人とのつながり、一体感を感じたのです。それは横の関係とも言えます。イエス様との縦の関係と、隣人との横の関係の両方を感じるのが主の晩餐なのです。
最初期の教会がそれを繰りかえしていると、さらに新しい分かち合いが始まりました。今度は食事だけではなく、様々な「もの」の分かち合いが始まったというのです。“すべて(ホール)”のものの分かち合いが始まったのです。さらにそれは周囲の人をも巻き込み始めました。その集まりを見た人たちが、一人、また一人とその輪の中に加わったのです。彼らのパン裂き、分かち合いの輪はどんどん広がっていきました。それは世界に、イエス様の愛と分かち合いを広げいったのです。
私たちも毎月第一主日にパンを裂きます。その意味は最初期の教会と変わりません。縦の関係と横の関係を感じながらいただくのです。そしてその分かち合いは必ず、それ以外の分かち合いも生みます。そしてそれは教会から世界に広がってゆくのです。だから教会はパンを裂き続けるのです

平塚バプテスト教会

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