「私たちは羊、イエス様は羊飼い」ヨハネ10章1節~16節

今月は子どもというテーマで聖書に聞いています。ヨハネ福音書にはたとえ話は多くありません。ですからの今日のたとえを味わって読みましょう。

羊飼いの仕事とは何でしょうか。それはまず羊を群れにすることです。羊は弱い動物です。だから羊飼いは羊を群れにさせます。そして羊飼いは群れに餌となる草を食べさせ、獣から羊の群れを守ります。また夜には獣に襲われないように安全な囲いの中に入れます。門では、羊の群れ一匹一匹がケガをしていないか点検します。羊飼いはそうやって群れの一匹一匹を丁寧に見るのです。羊飼いの仕事は集める、導く、守る、食べさせる、けがをしていないか点検することです。

今日のたとえでイエス様は11節でご自分を「私は良い羊飼いだ」といいます。イエス様は羊飼いのように、私たちを集め、守り、食べさせ、けがをしていないか点検します。

この人についていけば、この人に導かれれば、安全だと信頼をするから、多くの羊が従います。もし私の足が遅くても、この羊飼いなら、私を置いていくことがない。その信頼ゆえに、羊は羊飼いの声を聞き分けます。この群れは、ただの群れではなく、羊飼いを信頼する群れです。羊同士も羊飼いに信頼する仲間です。羊と羊飼いとの特別な信頼関係、そして羊同士の信頼関係がこの群れにはあります。

このたとえでイエス様は、私たちのことを羊の群れだと言っています。羊の群れとは教会のことです。私たちはイエス様のもとで、み言葉を聞く群れです。私たちは何が神様のみ言葉かよく聞き分ける群れです。そしてそれぞれがイエス様を信頼する時、私たちの間にも特別な信頼関係が生まれます。それが教会の交わりです。

今日のたとえには羊の門という言葉も出てきます。この信頼できる安心の中に入ることができるのが門です。この門は、信頼と安心にいたる門です。

しかし、良い羊飼いの門だけではなく、偽物の羊飼いもいます。その群れでは、羊は困難な状況になるとすぐに切り捨てられ、置き去りにされてしまいます。厳しい自助を求められます。この群れに安心はありません。

偽りの指導者に導かれる世界は弱肉共食の世界です。弱者、こども、高齢者は切り捨てられ、見放される世界です。だれも他者を助けようとしない世界です。その人たちは声をかければ必ず聞いてくれるでしょう。

さて、こどもというテーマでもみましょう。子羊は群れの中でもっとも大切にされる存在です。ぜひ私たちも名前を呼びあい、傷ついていないか点検しあう羊でいましょう。この場所を子どもたちに信頼と安心を感じてもらえる場所にしたいです。教会の子どもたちだけではなく、多くの子どもたちの名前を覚え、安心してもらいたいのです。きっと子供たちは聞き分けて、信頼してくれるはずです。