「5000人食堂」ルカ9章12節~17節

すると、イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで、それらのために賛美の祈りを唱え、裂いて弟子たちに渡しては群衆に配らせた。すべての人が食べて満腹した。そして、残ったパンの屑を集めると、十二籠もあった。ルカ9章16~17節

 

今年度の主題聖句をルカ9章16~17節としました。市内には他にもこども食堂があり、私たちの「こひつじ食堂」もその方たちに教わりながら始めました。しかし私たちにはきっと別のルーツがあります。イエス様がいろいろな人といろいろな場所で食事をしたことが「こひつじ食堂」のルーツです。

私は最近、聖書を読んでいると読む個所、読む個所にこひつじ食堂のことが書いてあるような気がしています。今日から2か月「こひつじ食堂」をテーマにして、聖書の箇所を読んでゆきたいと思います。一緒に聖書をお読みしましょう。

今日の聖書箇所を読みます。今日はイエス様がパンを増やしたという「奇跡」よりも、一緒に食べるということを通じて、人々の心、体、関係など様々なニーズが満たされていったということに目を向けます。

人々は食べ物の分かち合いによって、5000人のにぎやかな食事によって、おなか一杯、楽しく食事をしました。そしてもう一度、生き生きと歩んだでしょう。励まされて、自分の元いた場所に心の余裕を持って戻ったでしょう。ストレスが解消されたでしょう。病気がすこし良くなったという人もいたかもしれません。

13節には「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい」とあります。この食事の主催者はイエス様です。イエス様がこの食事をするようにと弟子に命じました。すべての始まりはイエス様の言葉です。この言葉は2000年前の言葉です。でもこれは私たちへの言葉でもあるでしょう。この言葉がこひつじ食堂のルーツです。

14節には「人々を五十人ぐらいずつ組にして座らせなさい」とあります。バラバラだった5000人はイエス様の指示によって50人ごとのグループにされます。50人になって、交わりを持ち互いにおなかが空いているのを表情から知ったでしょう。そうしていると奇跡とも言える分かち合いが起きたのです 。

16節は主の晩餐の際によく使う表現です。イエス様は5000人の食事を主の晩餐として持ちました。この5000人の食事が主の晩餐だとするなら、私はすべてがつながります。5000人の食事と、こひつじ食堂と、主の晩餐がすべてひと続きです。実は私たちがしているこひつじ食堂は、5000人の食事であり、主の晩餐なのです。私たちの食堂は、主の晩餐がルーツだともいえるのです。

今日私たちもこのあと主の晩餐式をもちます。これを食べる・飲むことによって、バラバラの私たちは、顔の見える、分かち合いの関係の中に入ります。イエス様のもとで分かち合う5000人・50人になります。共に食べることによって、こひつじ食堂のように、励まされ、またそれぞれの場所で力強く歩むようになるのです。

私は17節「すべての人が」とあるように、いつか食堂にも主の晩餐にもすべての人に加わって欲しいと願います。賛美の後、ともに主の晩餐をいただきましょう。