こんなところでバッタリ

 教師をしていた頃、出先で教え子とバッタリということが多かった。小田急線の電車や近くの町田などではよく出会った。こちらも出会っても声をかけないことが多かったので、当然反対に、見つけながら行ってしまう教え子たちも多くいたことだろう。職業柄、仕方ないことではあるが、やはり周りの目を意識するようになり、変な格好や行動には気をつけたものだ。

 

 そのような日常的な多くの出会いと違って、こんなところで思いもよらない教え子とバッタリいうような忘れられない再会もあった。ある土曜日、横浜の美術館にゴッホの絵画展を娘と行った時。最終日で館内はごった返していた。お目当ての「ひまわり」を観て、ホッとしていると後ろから「杉野先生ですか」と小さな声。振り向くと立派な青年になったO君が立っていた。ビックリした。なぜかというと、1年担任の時の生徒で、彼は親の都合で、3月に友だちにも別れを告げないで、四国の祖父母のところへ転校した。その後のことは不明。その後、どうしただろうかと心配していた一人だったのだ。「今、小田原に住んでいる」と言う。少し立ち話をして別れた。

 

 2年担任の時の教え子S君。彼は3年になって荒れ始め、やんちゃばかりして学校に来なくなった。卒業式にも来ないで、その後は不明。その後、同級の教え子に消息を聞いても分からない。いつもどうしているのか心にかかる子だった。ある日、近くの自動車部品販売店に行くと、入口のベンチに彼が座っていてビックリ。10年ぶりの再会。「元気だった?」と私。彼はニコニコして「今、長距離の運転手してる」と返事。「よかった、よかった、ずいぶん心配してたんだぞ」と私。その後、学年同窓会にも顔を出すようになり、半年前には、先生と二人でゆっくりお酒を飲みたいと誘ってくれた。その時、卒業してからのことを話してくれた。紆余曲折はあったものの、今は立派な父親となり、頑張っている姿にうれし涙酒になった。

 

 人生は出会いと別れだというが、再会もある。今も時々教え子たちと再会できるのは教師冥利に尽きる。