わからない 

この世の中、わからないことだらけ。しかし、わからないことを正直に「わからない」というのは、勇気がいる。特に年をとればとるほど難しい。見栄か、プライドか、恥を恐れてか、何でも分かっているような顔をして、知ったかぶりをする。しかし結局は、化けの皮がはがれて、恥の上塗りをするはめになる。

 そのわからないことを受け入れる。それを別の言い方で「信じる」という、とある本に書いてあった。なるほど。息子が家出をしても、明日は帰ってくるとわかっていたら、誰も心配はしない。けれども、いつ帰ってくるのかもわからず、生きているのかもわからなければ、胸がつぶれるほど心配するだろう。そして、わからないからこそ信じるのだ。「あの子はきっと帰ってくる」と。

 この世は実に分からないことだらけ。分からないからなおつらい。なぜ自分がこんな苦しい病気になったのか。なぜわが子がこんな困難な障害を背負わされているのか。なぜあんないい人が、こんな事故で命を落とさなければならないのか。だれひとり、納得のいく説明をしてくれないし、たとえどんな理由を並べられても納得できるはずもない。

 しかし、人間のすばらしさは、わからないことを受け入れて、なおも生き続けることができるというところにある。人間は、わからなくても信じることのできる生き物なのだ。人間は、「きっとなにか美しい意味があるはずだ」「きっと何か素晴らしいものを生み出す準備なのだ」「きっと完全で、永遠なる世界につながっているはずだ」と言える生き物なのだ。なんとすばらしい生き物なのだろう。

 勇気をもって、「わからない」と言おう。そして、さらに勇気をもって言おう。「それでも、信じている」と。

*『生きるためのひとこと』(晴佐久昌英著)177-179p引用

 

平塚バプテスト教会

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