「折々のことば」から

朝日新聞の一面の「天声人語」の左上に囲みの小さな連載物があった。大岡信氏による「折々の詩」で楽しみに読んでいた。今は、鷲田清一氏の「折々のことば」となって続いている。古今東西の「ことば」を紹介し短い解説がついている。身近で分かりやすく、1分程度で読める。

 先日、ゴツンとぶつけられたような「ことば」に出会った。「みんな、『戦さになってしまって』とか、『戦さが起こってしまって』とか云ってるよ。」(井上ひさし)2016・1・15。解説に「戦後何年経っても、『私が戦争をはじめました』と認める人はついにいなかったと作家は言う。……『した』ことがいつのまにか『なった』ことへとずらされてしまう。進んで責任を負おうとしないこの習性は、政治家や官僚という以上に、彼らに任せきった私たちのも
のだ」と厳しい指摘。しかし、今度もまた日本国民は言うのだろうか。「憲法改正されてしまって」と。

 こんなのもある。1・21「目は臆病 手は鬼」。一読しても何のことか分からない。三陸地方に伝わることばだそうだ。解説に「気仙沼のある魚問屋でのこと。大にぎわいの宴席の後、下げた食器の山を見てため息をついていると、一家の母がこう言ったという。途方もない量の片付け仕事を前に怖じけているときも、とりあえず手を動かせば存外すんなり事はなる」とある。なるほど合点。片付けの極意。

 それで似たようなことばを思い出した。昔、祖母から聞いたことば。「旨い物は一人で食え、仕事は大勢でしろ」。分かりやすい。同じく祖母から。職人の世界では「ケガと弁当は自分持ち」というそうだ。なるほど。こんなものよく聞いた。「いつまでもあると思うな、親と金」。「金」で言うなら「金は天下の回り物」。これは有名なことわざ。このようなことわざは庶民の体験から生み出された生活の知恵であろう。最後に私の好きなことわざの一つ。「負けるが勝ち」。かっかした時に深呼吸して「負けるが勝ち」とつぶやく。楽になる。

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