グレタ・トゥーンベリさんは16歳の少女です。彼女は地球温暖化のリスクを訴え、世界で有名になりました。世界は温暖化への対策を十分に取ることが出来ません。彼女は気候変動に無関心、無力な大人たちにむけて、より強い対策を取るように訴えています。「あなたたちが語り合うのは、お金や、途絶えることのない経済成長のおとぎ話だけ。よくも、そんなことができますね」「なお私たちを裏切る選択をするのであれば、言わせてください。私たちは決してあなたたちを許しません」。大人は何をしているのか、なぜ行動しないのか。そうグレタさんは怒りを込めて問いかけています。彼女は私たちに「あなたは変われますか?」「あなたは子供たちに未来を残せますか?」と問いかけます。世界は、大人は、私達は、変わることができるのでしょうか。
聖書の個所に目を向けましょう。今日の個所にも問題を解決できない、無力でだらしない大人が登場します。1万人が空腹でした。しかし大人は議論ばかり、無理な理由を述べるばかりで、分かち合いの行動を起こしません。そこに一人の子どもが登場します。そのこどもは持っていた自分のお弁当をイエス様に差し出しました。それは怒りの行動だったかもしれません。いつまで議論をしているんだ、大人は自分できることをしろ。そんな彼の怒りが込められたパンです。もちろんこの行動は無力です。しかしイエス様は、それを見逃しません。そのパンを取って、感謝して祈りを唱えたというのです。
一人の子供の行動とイエス様の祈りが1万人を変えました。大人たちを変えたのです。私はこの個所を大人が隠し持っていた分を、分かち合う行動が起きたと理解します。大人たちがこどもが捧げる姿を見て、それを神様に感謝して祈るイエス様の姿を見て、分かち合いを始めたのです。
今の私たちはここから何を学ぶでしょうか。一つには小さくても行動を起こすことです。私がちょっと行動したくらいでは世界は変わりません。私たちがこどもの居場所の建物を建てたくらいでは平塚は変わりません。けれども、今日の聖書の個所によるならば、小さな行動を起こしていくことが大事です。そしてその小さなことを感謝して、神様に祈ることが大切です。私たちは出来る事、祈る事から、子どものために始めましょう。そしてもう一つ、この個所から学ぶこと。それは子ども達の行動を尊重することです。子ども達のアイデアと行動を真剣に聞く事です。そしてそれに感謝と、祈りをささげることです。聖書によれば子どもの行動が世界を変えるのです。
今日私たちがいただくパンは子どもが捧げたあのパンように、小さなパンです。小さいけれど、感謝して、祈って食べましょう。私たちも小さくても何かを始めましょう。そしてこのパンは永遠の命を得させるパンです。神の永遠の中に生きる、そのことを覚えるためのパンです。祈って食べ、神様の永遠の命をいただきましょう。今日はこの後主の晩餐式とこども祝福祈祷の時を持ちます。