「時をかける神」ヨハネ福音書1章1節~18節

初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。ヨハネ1:1

 

今日もクリスマス礼拝をみなさんと共にできること、主に感謝します。もしタイムマシンがあったらどうしますか?タイムマシンを使う時、過去や未来を変えてはいけません。タイムマシンのある世界では歴史を変えるのは時間犯罪です。

クリスマス、神様の働きについて考えます。クリスマスは神様という人間とは全く違う方が、人間の歴史に介入しようとしている出来事です。神様にとって人間はもともと自分とは全く違う、別存在だったはずです。神様は人に関わらないことができたのです。しかし神様はご自分で人間の世界に、歴史に、直接介入することを決めました。神様は人間の未来を変えることを決めたのです。それがクリスマスです。

イエス様はそのように地上に生まれました。そして地上での人生は大勢の人の生き方を変えました。神様が歴史を変え、未来を変えたのです。今日の個所から、私たちの歴史、未来を変える神様について考えたいと思います。聖書を読みましょう。

イエス様の誕生について、マタイ福音書は唐突な系図から始まります。系図を重視するユダヤ人らしいとらえ方です。一方ヨハネ福音書はもっと時空を超えて理解します。世界・宇宙の始まり以前から、神様、イエス様がいたのだと言っています。まさに時をかける神です。

ルカ福音書は地上のイエス様を「時の中心」として順序だてて書いています。一方ヨハネ福音書の時間軸はまるでタイムトラベルのように複雑です。イエス様の誕生以前からイエス様は世界と関わりを持ち、複雑に私たちの歴史、時間に関わっていると書いています。これは「先在のイエス」と言われます。ヨハネ福音書の時間概念は複雑です。ヨハネ福音書にとってイエス様とは一体いつの時代の人なのか、よくわからなくなります。まるでタイムトラベラーのように、自由に時間を超えて存在し、時間軸を自由に行き来している様です。

14節のことばは肉となって私たちの間に宿られたとは神様が私たちの時代の、生活の中に入ってきたという意味です。私達に介入しなくてもよい神が、私たちの歴史に入り込んできたということです。そして人間の時間軸に複雑に入りこんでくるということです。

私たちは2023回目のイエス様の誕生を祝うという他にも、もっと時間を超える、時をかけるような喜び方ができるのではないでしょうか。私たちは時をこえて神様とつながることができるのです。私たちは2000年前の出来事を祝っています。でも私たちはそれを、もっと昔からのこととして、そしてもっと今のこととして、もっと未来のこととしても祝ってよいはずです。

神様が私たちの歴史を変えてきました。そしてそれと同じようにこれからの私たち一人一人の未来に、イエス様が関わってくれることを祝ってよいはずです。神様は時を超えます。私たちは、ずっと前から、そして今にわたるまで、そして未来も、私たちに直接関わってくださるイエス様の誕生を喜びましょう。お祈りします。