収穫感謝

年々盛り上がっているハロウィーン。10月31日の夜、渋谷のスクランブル交差点は仮装した人々で埋め尽くされたという。ハロウィーンは、古代ケルト人が起源と考えられている秋の収穫祭であり、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事であった。それがアメリカで民間行事として定着し、祝祭本来の宗教的な意味合いはほとんどなくなっていったという。

 日本でも、米国からの輸入文化の一つとして、ハロウィーンが知られるようになり、今は単にコスプレイベントで、本来の意味を知らなくても仮装を楽しめる行事となっている。日本ではバレンタインと同じく、もっぱら商業ベースに乗せられてはやっているようだ。

 しかし、収穫感謝というものは古来からどの民族でも宗教的意味合いを持ちながら行われてきた。日本では現在11月23日が「勤労感謝の日」として祝日になっているが、本来は古くから神々に五穀の収穫を祝う宗教行事としてあった。

 「感謝」と題する素敵な文章がある。孫引きだけど紹介したい。「幸せなことがあれば感謝するのは当然ですが、もしそれだけのことなら、感謝とは、自分にとって幸せか否かだけで人生を選別する、まことに身勝手な感情に過ぎないことになります。しかし感謝とは、そんな自分本位の小さな感情ではない筈です。それは、人生の大きな包容の中にある自分を発見することなのです。それは一つの自己発見であって、幸福に誘発された感情ではないのです。そして、幸・不幸を越えて包容する大きな肯定の中に自分を発見した人は、すべての事態を受けとめるでしょう。感謝する人は逃げない人です。」(藤木正三著『断層 神の風景-人間と世間』から)

 私たちが、今、与えられているもの、またこれまで、備えられてきたものすべてに感謝する心を持つことは、とても大切である。そんな感謝の心が、私たちに生きる力、困難を乗り越えていく力を与えてくれるのではないだろうか。

平塚バプテスト教会

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