パリのテロ事件から考えたこと

パリのテロ事件。許されない卑劣な手段での殺人。いや、最近ではテロは「新しい戦争」とも言われている。まさにそうだ。フランス政府は即刻IS「イスラム国」壊滅のためと称して報復の空爆を開始した。多くの市民も殺されるだろう。

 今回のテロをどう受け止め、何をしたらいいのだろうか。考えさせられる。今回はメディアの取り上げ方から考えてみた。

 日本のマスコミは即日からこのテロ事件を大きく取り上げている。しかし、テロはパリだけではない。シリア、イラク、ベイルートでも最近起きている。しかし、ほとんど報道されない。これをどう考えたらいいのか。昔、新聞記事の作り方で教わったことがある。良い記事とは、①遠くのことより身近なこと。②昔のことより今のこと。③知っていることより知らないこと。この三原則に照らしてみるならば、②と③はどのテロ事件とも同じ条件。違うのは①。そう日本にとって、パリは身近な存在、シリア、イラク、ベイルートは遠い存在だということだ。

 犬が人間にかみついても記事にはならないが、人間が犬にかみついたら記事になる、とよく言われる。これに照らすと、シリア、イラク、ベイルートなどではテロが起こっても不思議ではない?が、パリではありえない、ということになるのか。

 マスコミの報道だけがすべてではないことを頭に入れておくべきだろう。また、そこに我々の偏見・差別、興味・関心の在り様が反映されているということだ。

 インド人のモデルの女性の詩が、新聞に掲載されていた。「パリのために祈りたいなら祈りなさい/でも 祈りを捧げられることのない/もはや守るべき家すら持たない/世界の人びとにも/多くの祈りを/馴染みの高層ビルやカフェだけでなく/あらゆる面で 日常の何かが/崩れ去ろうとしている/この世界に祈りを」。

 Pray,and think.祈りかつ考えよう。 

平塚バプテスト教会

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