「復活の主は我らと共に」   ヨハネ福音書5章1-9節

エルサレムは城壁の巡らされた街なので、出入りするいくつかの門があった。その中の一つ、羊の門の傍らにベトザタという池がある。そこに大勢の病人が横たわっていた。「横たわっていた」というのは、むろん事実を言っているわけだが、同時に、そこにいる人々の生き様を表現している、とも言えるだろう。ぐったりと横たわっている、というような姿である。病人がそこに横たわっていた理由は、おそらく、都に来る人々の施しを受けるためであっただろう。それによって命をつないでいた。もう一つの理由は、ベトザタの池の水が湧き出したときに、新鮮な水に体を浸した者の病気が癒されると信じられていたから。

  さて、ここに38年間病気で苦しんでいる人がいた。「イエスは、その人が横たわっているのを見」とある。「横たわっているのを見」というのは、ぐったりとした有様を見た、という意味も含まれているが、ただ眺めたというのではない。立ち止まってジーと見る。人の苦しみのそばに立ち止って、同じ場所に身を置く、ということなのだ。他の福音書でも、「群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた」(マタイ9:36)とある。

  続けて、「また、もう長い間病気であるのを知って」とあるが、「見た」という言葉に「知った」という言葉が付け加えられている。原語のギリシア語では、表面的に知るということよりも深く知る、理解する、という意味を含んでいる。病む人の内面まで深く知る。苦しみ、痛みまで理解するのである。

  私たちもまた人を見る。少し見ただけでだいたいのことは分かると思う。その表情から、ちょっとした仕草から、人の性格を見抜く、人の欠点や弱さを見抜く、そういう能力、鋭い観察眼はたいていの人が持っている。つまり採点する能力。あの人間はここが良くて、ここが悪い。あれはできるが、これはできないだろう。分析するのである。まさに面接試験。

  救い主イエスはそういうふうに人を見て、知るのではない。人の弱さや病を見られが、その弱さや病に共感される。共感するというのは、それを自分の痛みとして引き受けるということである。イエスは人の弱さや病を自分の痛みのように引き受けるのである。そして悩み、苦しみ、恥を負うのである。イザヤ書53章3-4節に「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ/多くの痛みを負い、病も知っている。……彼が担ったのは私たちの病/彼が負ったのは私たちの痛みであった……」とあるように。

  信仰とは神を知ることである。しかしもっと言えば、神に知られることである。丁寧に言えば、信仰とは神に知られていることを知る、とでも言えるだろう。神に知られる、それは、点検されるとか採点されることではない。私たちの弱さや病を知り、共感して下さる。ご自身の痛みとして担って下さるのである。

  イエスは38年間病気で横たわっている人に、「良くなりたいか」と問われた。奇妙な質問である。良くなりたいに決まっている。しかし、長く苦しみ悩んだ人は、「良くなりたい」とは言わないのである。病人は答えた。「主よ、水が動くとき、わたしを池の中に入れてくれる人がいないのです。わたしが行くうちに、ほかの人が先に降りて行くのです」。親切な人はいない。みんな自分のことしか考えていないのだ。彼は胸の中にためていた不平不満、恨みつらみを吐き出すのである。38年間病気をした中で、人間の正体が見えたと思ったのである。

  その男に、主イエスは言われた。「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい」。人が冷たいだの世の中がどうだの、みんなエゴイズムだの、状況に負けているのである。現実に負けているのである。起き上がりなさい、自分の足で歩きなさい、と主イエスは言われる。私がここにいるから、君のすべてを担う復活の私が、君のそばに来ているから、だから「起き上がりなさい」。起き上がることができるから。私と一緒に君は歩くことができる。君にはその力があるというのではなく、私が共に生きるから君も生きられるのだ、そう言われているのである。

  「すると、その人はすぐに良くなって、床を担いで歩きだした」(9節)。現実に負けて横たわっていた人、床に伏せっていた人が、床を担いで歩いたのだ。現実に打ちのめされていた人が、現実の中を歩き始めたのだ。頑張って、力を振り絞って歩け、というのではない。私がここにいるから、あなたを担う復活の私があなたと共にいるから、一緒に歩くから、だから「起き上がりなさい」。

  38年間病気で横たわっている人に言われた復活のイエスは、今日もまた私たちに向かって「起き上がりなさい」と言って、共に歩んでくださるのである。

平塚バプテスト教会

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